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2011.04.15 (Fri)

カズオ・イシグロ 日の名残り

日の名残り (ハヤカワepi文庫)日の名残り (ハヤカワepi文庫)
(2001/05)
カズオ イシグロ

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品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。 (BOOKデータベースより)

カズオ・イシグロの著書はどれも素晴らしいです。この「日の名残り」はカズオ・イシグロの代表作であり、図書館で借りて読んだのですが、これは自分で買っちゃうのもアリだなと思いました。本棚に置き、たまに読み返したくなる本なのです。こういう小説は案外少ないものではないでしょうか。

ストーリーは、上記BOOKデータベースをご参照ください。この中で、終始一貫するテーマとして「品格」が語られています。品格とは一体なんなのか。goo辞書には「その人やその物に感じられる気高さや上品さ」とあります。そして、小説の中ではこう説明されています。
(引用)品格の有無を決定するのは、自らの職業的あり方を貫き、それに堪える能力だと言えるのではないか。
…主人公のスティーブンスは、いかなる時であっても執事としての地位にふさわしい品格を保ち続けた男でした。父が危篤状態になっても、好意を寄せている女性が他の男との結婚を決めようとしているときも、執事としての仕事を優先させました。何があっても動じないのが一級の執事であるという信念を持っていました。何もそこまで、と心配になってしまうほどの徹底ぶりなのです。
ドライブの途中で、色々な回想シーンが登場します。多くのことを乗り越えてきたスティーブンスですが、ラストシーンでぽろりと人間らしい部分を垣間見せます。このシーンがいい。。人間らしいと言いましたが、もともとスティーブンスは人間ですね…別の言い方をすれば「弱い、迷い」だと思います。過去を振り返り、自分がやってきたことが良かったのかどうか。あの時こうしていれば、どうなっていたのか。人間なら誰でも一度は考えることでしょう。
静かな感動を呼び起こすシーンです。なぜか目が潤んでいる自分がいました。

また、人物だけでなく、イギリスの田園風景の描写も素晴らしいです。小説の言葉を使いますが「壮大な渓谷や大瀑布など息をのむような」華やかな風景があるわけではありません。スティーブンスは、イギリスの風景には派手な観光地が決して持ち得ない「品格」があるといいます。イギリスの国土は自分の美しさと偉大さをよく知っており、大声で叫んで主張する必要がないといいます。
小説を読んでいるだけで、脳内に広大な田園の美しい風景が広がり、なんだか旅に出たくなってきます。
ちなみに、旅に出たくなる小説といえば沢木耕太郎の「深夜特急」があるんですけど、こちらはドライヴ感、スピード感抜群の華やかな展開で、ぐいぐいと引っ張られていく感覚にさせられます。対して、「日の名残り」は静か。じわりじわりと旅したい欲求がわいてくるという感じです。どちらを読んでも旅に出たくなります。ああ、たまらん。

そして最後に、補足として、ちょっと毒を感じてしまったセリフがあったので載せておきます。
スティーブンスが過去に仕えていたダーリントン卿のお言葉です。
「時代遅れの制度に最後までしがみついている国、それがイギリスだ。だが遅かれ早かれ、事実には直面せねばならん。~。烏合の衆が話し合って何になる」
「われわれがすることといえば、討論し、口論し、時間を引き延ばすだけだ。あの委員会この委員会を通過しているうちに、全行程の半分もいかないうちにすっかり骨抜きにされてしまう」
うーん、文中の「イギリス」を「日本」に換えても、意味が通じてくるような… と思うのは私だけ?
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08:37  |  カズオ・イシグロ  |  コメント(8)

2011.04.11 (Mon)

ヘルマン・ヘッセ 車輪の下

車輪の下 (新潮文庫)車輪の下 (新潮文庫)
(1951/11)
ヘッセ

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周囲の期待を一身に背負い猛勉強の末、神学校に合格したハンス。しかし厳しい学校生活になじめず、学業からも落ちこぼれ、故郷で機械工として新たな人生を始める…。
地方出身の一人の優等生が、思春期の孤独と苦しみの果てに破滅へと至る姿を描いたヘッセの自伝的物語。 (BOOKデータベースより)

言わずと知れた名作です。もっと難しい内容なのかと思っていましたが、結構読みやすかったです。ヘルマン・ヘッセはドイツの作家ですが、「車輪の下」は日本人が読むにこそふさわしい小説という気がします。

優秀な才能を持ったばかりに、周囲から過剰な期待を受け、英才教育を施されるハンス。人格を形成するのは勉強だけではありません。のほほんとする時間、自然と触れ合う時間、意味が無いようなぷくぷくとした時間にだって、精神的に子どもを成長させる要素があると思います。そういった、ぷくぷくとした時間を大人たちは取り上げてしまいました。大人たちの勝手な行動、過剰な期待がハンスを追い詰めたことに、最後までだれも気が付かなかったのです。哀れなハンス。これだって、形は違えど虐待に通じる意味を含んでいやしないだろうか?子どもは大人の道具でもないしペットでもありません。
周りがハンスに英才教育を施したのも、結局は自分の町の栄誉のため、そして自分のためなのです。ハンスがいつの日か偉い身分になったとき、「あの子にラテン語を教えたのは私だ」と誇りたいからなんです。結局、人間はエゴのカタマリか。。。

神学校から牧師か教師というエリートコース。将来の安泰が約束された人生は高評価を受けることから、子供にそういった人生を送らせたいと望む。まさに日本がそういう社会ではないでしょうか。「車輪の下」を日本人が読むべき小説であると冒頭で論じた理由がここにあります。
子供と大人、それぞれの側面から感じ取れる何かがあるはずです。
子供は、もっと自分自身がやりたいことをストレートに大人へ訴えていくべきです。ハンスはまだ少年、遊びたい盛りでした。それなのに父に対し「釣りに行きたい」という要望を素直に明かすことが出来ずにいました。心のうちを吐き出せないでいると、自分の中にもやもやが積もってゆき、いつかそれは爆発します。
大人は、ハンスの周りにいる大人達(教師、ハンスの父、校長先生など…)を反面教師として、子供に無理強いをさせないように心がけてほしいのです。子供は、大人の言うことには絶対的な信頼を寄せるものです。それが善か悪かの判断なんてできません。ハンスは生真面目な性格だったため、自分ができる限りのことをして周囲に応えようとしたのです。

あらすじの骨子だけ見るとバッドエンドだと感じるかもしれませんが、ハンスにとってはハッピーエンドだったんじゃないかと思います。なので、意見が分かれると思いますが、私の中では小説のこのラストは救いでした。「車輪」という社会システムから逃れることができた幸せ。ハンスはラストで「美しい顔にまどろみの表情」をしていました。閉じきってない口は安らかに、ほとんどほがらかにさえ見えたといいます。そうだ、もう悩まなくていいんだよ、ハンス。

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08:34  |  ヘルマン・ヘッセ  |  コメント(4)

2011.03.16 (Wed)

パトリシア・ハイスミス 扉の向こう側

扉の向こう側 (扶桑社ミステリー)扉の向こう側 (扶桑社ミステリー)
(1992/01)
パトリシア ハイスミス

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17歳のアーサーはアメリカ中西部の小都市に住む高校生。家族は保険外交員の父、やさしい母、多少神経質な弟の四人。事の発端は弟が高熱を出し生死の堺をさまよったことによる。父は自分の祈りが通じ息子の命を助けたと思い込み、その日以来家族に対してもクリスチャンとしての生活を強要。家庭内の雰囲気は次第に悪くなる。そんなとき、アーサーのガールフレンド・マギーの妊娠が発覚。家族は彼女の中絶に理解を示すが、アーサーの父は神の意志に反する行為と批難する。サスペンスの巨匠ハイスミス、最新長編。 (BOOKデータベースより)

どろどろサスペンスを期待して読んでいましたが(わたくし火曜サスペンス大好き女です)、その期待には応えてくれませんでした。確かに人は殺されます。人間がひとり胎児がひとり。まあ、胎児はジャパニーズ民法上「人」ではありませんが。。けれど、殺人を含めた急展開を迎えるのは、小説も終盤になってからです。それまでは、主人公アーサーを中心とした(主人公だから当たり前か)日常的な生活が語られています。ドロドロやドキドキとはなりません。なので、この小説が伝えたいテーマは別のところにあると思います。
これは、登場人物それぞれの「罪」と「罰」の物語ではないかと思います。
最近読んだドストエフスキーの「罪と罰」に影響されてるんじゃね??と言われそうですが、実際に繋がる部分があるのですよ。

BOOKデータベースのあらすじにあるように、主人公アーサーは彼女マギーを妊娠させます。大学入学を控えた二人は、やむを得ず中絶の道を選択します(ここは日本の感覚と違うのかもしれないけど、彼女マギーの父親は「なんで気をきかしてピルを飲まなかったんだ」とマギーを叱りました…)。
皆それを「仕方ないね」と受け入れているのに、父リチャードだけが大反対しました。中絶は神の意思に反するからと。マギーが入院しても、病院までしつこく電話をかけ、執拗に手術の中止を求めます。しかし結局、手術は実行されました。その後も、リチャードはアーサーに謝罪の気持ちを持つよう強く求めます。そこでアーサーはこう考えます。

(引用)他人から押し付けられた罪悪感なんてどうと言うことはない。罪の意識とは内側から湧いて出るものだ。

まあ、このときアーサーには、理不尽なリチャードに反抗したいという気持ちも少なからずあったのかと思います。
それにしてもこの言葉。「罪と罰」に繋がる部分が出てきました。本当にそのとおりだと思います。そして、「罰」にも同じことが言えるはずです。
弟ロビーはとある罪を犯し、半年間施設へ収容されることになります。けれど、ロビーには罪の意識がありません。半年間の軟禁生活も、全く負担に感じることがないようです。本人が罪を認めず悔い改めない場合、そこに罰はあるのでしょうか。

そしてまた、平凡で幸せな家族が崩壊していく過程が辛かった。私自身も、訳あって宗教にのめりこんでしまったという知り合いがいるので、何とも言えない気分です。いえ、宗教が悪いというのではなくて、何かに取りすがり自尊心を保とうとした父リチャードの姿がなんとも哀れだったのです。

ラストシーンには赤ちゃんが登場します。一人の登場人物の死があって、その人物の血を引く、新しい人間が誕生したのです。生と死のコントラストが、どこか悲しい余韻を残しています。

ハイスミスの小説は面白いです。もっと読んでみたいのに、残念ながら近所の図書館に置いてあるハイスミスは、これと「11の物語」だけ。つまり全部読んでしまったのでした。とほほ。

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08:42  |  パトリシア・ハイスミス  |  コメント(2)

2011.03.12 (Sat)

パトリシア・ハイスミス 11の物語

11の物語 (ハヤカワ・ミステリ文庫)11の物語 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(2005/12)
パトリシア ハイスミス

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たまたま台所にあったボウルに入っていた食用かたつむりを目にしたのがきっかけだった。彼らの優雅かつなまめかしい振る舞いに魅せられたノッパート氏は、書斎でかたつむり飼育に励む。妻や友人たちの不評をよそに、かたつむりたちは次々と産卵し、その数を増やしてゆくが…中年男の風変わりな趣味を描いた「かたつむり観察者」をはじめ、著者のデビュー作である「ヒロイン」など、忘れることを許されぬ物語11篇を収録。(BOOKデータベースより)

寝る前にベッドで小説を読むのは至高のひと時です。でも、読む小説は選んだほうがいい。
「11の物語」を読んでしまうと、いたたまれない気持ちのまま眠りに付くことになるでしょう。
ハッピーエンドの物語は皆無です。人間って、怖い。
最初はミステリーかと思っていた「11の物語」。確かにその要素を含んではいますが、ミステリーの一言でカテゴライズしてしまうのはもったいないと思います。

パトリシア・ハイスミスという作家は、「普通じゃない」精神状態の人間を描くのがうまいです。
「かたつむり」を題材にしている2作品以外は、最後まで読むとぞっとする恐ろしさを得られますが、どれも極めて日常的な生活の中で起こっていることです。平穏と恐怖は紙一重、実はあまり遠くない位置にあるんじゃないかと思わされます。そのサインを受け取ると、小説を読んだときと同じくらい、再びぞっとする気分にさせられます。

そして短編の構成の仕方がうまいです。「モビールに艦隊が入港したとき」の冒頭部分がこちら。
(引用)ジェラルディーンはクロロフォルムのビンを手にして、裏口のベランダで眠りこけている男を見つめた。深く吸い込んでは短く吐き出す息が、口ひげの中をヒューヒューと音を立てながら通り抜ける。こうした息遣いは彼が真昼まで目を覚まさないときの癖だ。…今が絶好のチャンスだわ。
ヒョウ(意味不明な叫び)!!いきなり、そう来たか。全く無駄が無く、すんなりストーリーに入っていけます。次に次にと読みたくなる気持ちにさせられます。
ハイスミスの書き方には無駄な贅肉がありません。だからテンポよく読み進められ、サクサク物語が進み、気づいたら恐怖の穴に落とされていた…という感じです。

また、「かたつむり」を始め、スッポンや猫など多くの動物たちが出てくるのも特徴的ですが、どの動物の描写も「鋭い」。猫はまだしも、かたつむりやスッポンといったマイナーな動物たちの描写をするというのは難易度の高い行為でしょう。この点でも、ハイスミスの描写はやっぱり無駄が無く、うまい。
(引用)彼らは尾で立ち上がるような格好をして、フルート吹きに魅せられた二匹の蛇のように、向き合ったまましきりに体をゆらゆらさせていた。しばらくすると彼らは顔を近づけてうっとりしたように官能的なキスをはじめた。
彼らとはカタツムリを指しています。描写にもいろいろありますが、カタツムリを説明するのに「てらてらした粘膜が…」とか「鮮やかな美しい渦巻きが…」なんて描写は不要だと思います。だって言われなくたって分かるもん。

短編でこんなに圧倒的な「筆力」を見せつけられる作家も珍しいです。まあ、訳書ですから本物を読まないことには正確な書評もできないのですけど。次は長編を読んでみる予定です♪

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08:33  |  パトリシア・ハイスミス  |  コメント(2)

2011.01.09 (Sun)

カズオ・イシグロ 夜想曲集

夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語
(2009/06/10)
カズオ・イシグロ

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ベネチアのサンマルコ広場を舞台に、流しのギタリストとアメリカのベテラン大物シンガーの奇妙な邂逅を描いた「老歌手」。芽の出ない天才中年サックス奏者が、図らずも一流ホテルの秘密階でセレブリティと共に過ごした数夜の顛末をユーモラスに回想する「夜想曲」を含む、書き下ろしの連作五篇を収録。人生の黄昏を、愛の終わりを、若き日の野心を、才能の神秘を、叶えられなかった夢を描く、著者初の短篇集。(BOOKSより)

短編集でありますが、短編らしからぬ完成度です。それぞれの物語が細部まで作りこまれていて、ぐいっと引き込まれる。それぞれの短編が、普通の小説クラスの内容で構成されており、五冊の小説を読んだぞうという満腹感があります。
普段読む短編小説は一気に読めるのです。
けれど、カスオ・イシグロの短編集は、少し時間を空けないと次の短編が読めない。

長編小説作家の書く短編小説は「らしくない」と批評されることが多いですけど、カズオ・イシグロのは面白いです。まあ、長編小説と短編小説を同じ視点で比較する行為自体がナンセンスだと個人的には感じておりますが。

この本にある短編全てに「音楽」が絡んでいるため、一枚のレコードに入る五曲の演奏を聴いていく、という感覚です。そう、CDではなくレコードというイメージなんです。これがカズオの世界観なんだと思います。
新より古。動より静。朝日より夕日。明るさよりは哀しさ、無常さ。

世界のカズオ・イシグロですから、小説の舞台はベネチアだったり、モールバンヒルズというイギリスの田舎町だったりします。なので日本人に馴染めない世界観かといえば、そうではありません。ジャイはベネチアに行ったことがありませんが、それでも小説のベネチアの景色が何となく想像できてしまうのです。(まあ、それが現実のベネチアと一緒なのか異なるのかはそこまで重要なことではないと思います。)文章を読むだけでここまで情景を読者に伝えることができるのはすごいことです。
それに、重要なのは世界観ではなく、人間の織り成すドラマなのです。

五つの短編はどれもオススメです。
最初の短編「老歌手」でどっぷりカズオ・イシグロワールドに浸かったあと、二つ目の短編「降っても晴れても」を読んでフッと笑いが起こります。この短編は割とユーモラスな作品なのです。
二つ目、四つ目にコミカル気味な短編が入っています。シリアスとユーモラス、サンドイッチのような構成になっているのがニクイところです。
四つ目は「夜想曲集」。高級ホテルで、顔を包帯ぐるぐる巻きにした男女がドタバタを起こすストーリーです。
きっと「カズオ・イシグロらしくない」と感じるとすれば、このユーモラスな部分かと思うのですが・・・
これはこれでアリ!
更に、これを小説のタイトルに引用しているところから、あえて今回はいつもと違うカテゴリで挑戦してみますという決意も感じられるのです。
うん、いいじゃないか~。
面白かったですよ。短編小説もおすすめ。でも、次に出るのはいつなのか。気長に待つとします。

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