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2010.12.02 (Thu)

青野 聰 海亀に乗った闘牛師

海亀に乗った闘牛師海亀に乗った闘牛師
(2007/02/05)
青野 聰

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「人生のプログラムを書きかえる出来事は、いつ起きるかわからないもんだよ」―仕事をリタイアした還暦間近の男が訪れる、アジアの奥地。新しい“旅”をはじめるための、人生の処方箋。 (BOOKSより)

最初はオーストラリアへ行こうとしていた主人公でしたが、ひょんなことからアジアの奥地へ。
始めようとしている「旅」とは「魂の旅」のことです。
主人公が、アジアの奥地にある部落で過ごし、部落の人間と交流し、闘牛に参加する。
様々な交流を経て、主人公の魂は磨かれて美しくなり、浄化されていくのです。

部落の人間との会話が、変わっていく途中の主人公を助け、成長させていっています。
「ぼくは人生のぬかるみ期にいるんですね。現実と象徴がこんな風に一致することはそうざらにはないんじゃないんですかね」
「ぬかるみで転ぶのは昨日で終わった。空のほうも雨はもうめったに降らない、足元は日に日に堅くなるよ」

「ぼくの人生は運がいいようでいて、とんでもなく悪いのかもしれない」
「ぬかるみを何日もかけて歩いてきて、今は新しい伍代さんになってるのに、昔のことを持ち出して先細りになってどうします」

「自分の人生の最終章の最後のページを読んでやり直せたら、天才のような生き方が出来ていいでしょうね。いかに無駄が多かったかが分かる」
「今からでも出来ることなんだよ、強くして高めればいいの。ほんのちょっとした努力よ」
最後のセリフは魂のことを言っています。

中年期の男性が主人公。このくらいの年の殿方はこんなこと考えてるんだなー、と参考になる小説でした。
正直、小説はちょっと長すぎて、中だるみしてしまったけど。

そして、主人公の妻・謡子。
普段から主人公はやることなすこと否定され、友達を妻に会わせてもそりが合わない。
「もう連れてこないでね」なんて平気で言っちゃう。
どうしてこんな性悪女と結婚したの??と思うでしょう。
しかしこの妻、小説の序盤で、「旅に出る」と言った主人公を、「私たちに遠慮しないで行きたいところはどんどん行ってね」と明るく送り出しているのです。
・・・すばらしくいい女だと思いました。こう言える女性はあまり多くないのではないでしょうか。
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テーマ : 最近読んだ本 - ジャンル : 本・雑誌

15:45  |  青野聰  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.12.02 (Thu)

青野 聰 永遠のジブラルタル

図書館チャレンジ4人目の作家。
なんと、ジャイにとっては4人とも初体験だったのでした。
結構いろんな本を読んできたと思っていたのになあ…井の中の蛙もいいとこだ。

永遠のジブラルタル永遠のジブラルタル
(1999/06)
青野 聡

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妻と別れ、勤めを辞めた大日向陽太郎の前に突然現われた男・呉竹良房。かつて一緒にスペインを放浪したこの男は、連れてきた少女を、大日向の娘だと言う。(BOOKSより)

ドストエフスキーの「永遠の夫」を読んだ事はありますか。
ジャイはもちろんありません。
「永遠の夫」の超簡単なあらすじは、こんな感じです。
主人公は「喪章をつけた男」につけ回される。この男の妻と主人公は愛人関係にあった。更に男は、男の娘リーザは主人公の娘だと主張する。(ほんとに超簡単でしょ!)

この小説「永遠のジブラルタル」では、「永遠の夫」と同じことが起こっているのです。
西海という登場人物が、一つ一つ合致する条件を見つけ出して喜ぶ。
更に、先行する「永遠の夫」から逃げていこうとしてもがく主人公を見たいと言う。
「他人なんてこんなもんだなあ」と思いました。
他人の人生だからゲームにして楽しむことが出来るんです。

ちなみに、主人公をつけ回す男・呉竹良房が本当にねちっこく、ねちっこく、ねちっこく、
ねちっこく、うるさいこと・・・
村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」に出てくる牛川さんに似てるかも。
でも、牛川さんはそんなに嫌いじゃないんだよなあ。

周りから「小説に似ている」と言われ、主人公は口では否定しますが、実際には意識の中を通り過ぎることがあったようです。
全く無関係ではなかった、と最後に振り返っています。

もちろん、普通に考えて、小説と同じ現実を生きるなんてありえません。
人間は予測不可能な存在で、小説と同じ展開の人生になんて、絶対ならない。
ただし、一瞬クロスすることはあるかもしれないですね。
クロスして、何もなかったかのように、また自分の人生に戻っていくのでしょう。

結局、この小説の中では、呉竹の娘が主人公の娘だという確証は得られませんでした。
主人公は「そうなんだろう?」と詰め寄るが、呉竹がしゃべることはありませんでした。
真実は不明なままです。

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09:30  |  青野聰  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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