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2011.02.20 (Sun)

天童荒太 悼む人

おすすめです。時間をかけてじっくり読んでほしい。

悼む人悼む人
(2008/11/27)
天童 荒太

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聖者なのか、偽善者か?「悼む人」は誰ですか。七年の歳月を費やした著者の最高到達点!善と悪、生と死が交錯する至高の愛の物語。 (BOOKデータベースより)

「死」を扱う小説には二種類あるように感じます。
一つは、死を感動の道具として扱う小説。恋人が不治の病で助からない、という類です。
そしてもう一つは、死と対峙し、命の重さを訴える小説。
様々な小説で、いろいろな形で同じ「命」が描かれているのに、どうしてこうも重さが違うように感じられるのでしょう。
多くの小説を読んできて、一番「死」や「命」についての重みを感じたのは、この「悼む人」です。

毎日どこかで、人が死んでいます。ある人は病気で、ある人は殺され、ある人は不慮の事故で亡くなっています。
この小説「悼む人」でも、多くの死者が登場します。痴情のもつれ、借金を苦に…うん、聞いたことのあるキーワードが並んでる。朝のワイドショーで特集されているような殺人や事故のケースが多いです。
ああ、よくあるね、そういうこと。小説を読んでいるだけだと、そんな感想しか持てないのです。考え方が、軽い。
そして、最後のほうまで読んでいると、序盤で登場した死者のことをほとんど記憶していないことに気づかされます。他人の死とは、こんなものなんだろうか。

親しい人間の死は、残された人間に途方もない虚無感を与えます。何も手につかなくなり、ひどいときには生きる希望さえ失わせてしまう。それが「死」、ひいては「命」の重さを暗示しているのです。
けれど、時間が経てば、その悲しみは薄れていくものです。少しずつ、死者のことを思い出さない時間が増えていく。そうやって残された人間は再生していくわけですが、やはり時間が全てを解決するというのは荒療治過ぎる言い方なんです。やっぱり死者のことを忘れたくない。誰かに悼んで欲しい。覚えていて欲しい。そう思うのが普通なのです。

死は万人に等しく訪れるものです。
その割には、美しく昇華される死、同情される死、誰にも悲しまれない死、蔑まされる死など「形」は様々です。
小説内にて、とある事件を取材する雑誌の編集者が、こんな一言を口にします。
「被害者に、あまりに問題がありすぎましたね」
なるべく読者が食いつくような記事を書かねばならない、この事件じゃいい記事は書けませんよねという編集者の商売目線は理解できるけれど(容認という意味じゃないですよ。理解です)、殺された後にもこんな冒涜を受ける被害者はいたたまれません。

個人的に、小説のストーリーも感動したのですが、筆者の「あとがき(正確に言うと、タイトルは「謝辞」でした)」も素晴らしかったという感想でした。
あとがきでこんなに泣けたのは初めてです。はい、あとがきで。。泣くような場所じゃないんだけど、本当に感動するのです。
あとがきを読むと、いかに筆者が多くの時間と精神を削ってこの小説を完成させたのか分かります。
名作はこうして生まれるんだ、と再認識できました。
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テーマ : 最近読んだ本 - ジャンル : 本・雑誌

09:14  |  天童荒太  |  コメント(0)
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