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2011.04.11 (Mon)

ヘルマン・ヘッセ 車輪の下

車輪の下 (新潮文庫)車輪の下 (新潮文庫)
(1951/11)
ヘッセ

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周囲の期待を一身に背負い猛勉強の末、神学校に合格したハンス。しかし厳しい学校生活になじめず、学業からも落ちこぼれ、故郷で機械工として新たな人生を始める…。
地方出身の一人の優等生が、思春期の孤独と苦しみの果てに破滅へと至る姿を描いたヘッセの自伝的物語。 (BOOKデータベースより)

言わずと知れた名作です。もっと難しい内容なのかと思っていましたが、結構読みやすかったです。ヘルマン・ヘッセはドイツの作家ですが、「車輪の下」は日本人が読むにこそふさわしい小説という気がします。

優秀な才能を持ったばかりに、周囲から過剰な期待を受け、英才教育を施されるハンス。人格を形成するのは勉強だけではありません。のほほんとする時間、自然と触れ合う時間、意味が無いようなぷくぷくとした時間にだって、精神的に子どもを成長させる要素があると思います。そういった、ぷくぷくとした時間を大人たちは取り上げてしまいました。大人たちの勝手な行動、過剰な期待がハンスを追い詰めたことに、最後までだれも気が付かなかったのです。哀れなハンス。これだって、形は違えど虐待に通じる意味を含んでいやしないだろうか?子どもは大人の道具でもないしペットでもありません。
周りがハンスに英才教育を施したのも、結局は自分の町の栄誉のため、そして自分のためなのです。ハンスがいつの日か偉い身分になったとき、「あの子にラテン語を教えたのは私だ」と誇りたいからなんです。結局、人間はエゴのカタマリか。。。

神学校から牧師か教師というエリートコース。将来の安泰が約束された人生は高評価を受けることから、子供にそういった人生を送らせたいと望む。まさに日本がそういう社会ではないでしょうか。「車輪の下」を日本人が読むべき小説であると冒頭で論じた理由がここにあります。
子供と大人、それぞれの側面から感じ取れる何かがあるはずです。
子供は、もっと自分自身がやりたいことをストレートに大人へ訴えていくべきです。ハンスはまだ少年、遊びたい盛りでした。それなのに父に対し「釣りに行きたい」という要望を素直に明かすことが出来ずにいました。心のうちを吐き出せないでいると、自分の中にもやもやが積もってゆき、いつかそれは爆発します。
大人は、ハンスの周りにいる大人達(教師、ハンスの父、校長先生など…)を反面教師として、子供に無理強いをさせないように心がけてほしいのです。子供は、大人の言うことには絶対的な信頼を寄せるものです。それが善か悪かの判断なんてできません。ハンスは生真面目な性格だったため、自分ができる限りのことをして周囲に応えようとしたのです。

あらすじの骨子だけ見るとバッドエンドだと感じるかもしれませんが、ハンスにとってはハッピーエンドだったんじゃないかと思います。なので、意見が分かれると思いますが、私の中では小説のこのラストは救いでした。「車輪」という社会システムから逃れることができた幸せ。ハンスはラストで「美しい顔にまどろみの表情」をしていました。閉じきってない口は安らかに、ほとんどほがらかにさえ見えたといいます。そうだ、もう悩まなくていいんだよ、ハンス。
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テーマ : 最近読んだ本 - ジャンル : 本・雑誌

08:34  |  ヘルマン・ヘッセ  |  コメント(4)
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